日弁連会長選挙とは? 『創る会』(「明日の司法と日弁連を創る会」)は、宮崎誠氏を擁立へ、『憲法と人権の日弁連をめざす会』は、高山俊吉氏を擁立で5回目の挑戦 

       日弁連会長選挙(2年に1回)とは?


 『創る会』(「明日の司法と日弁連を創る会」)は、宮崎 誠氏を擁立、『憲法と人権の日弁連をめざす会』は、高山俊吉氏を擁立で5回目の挑戦。

2007年12月21日 投稿
2008年1月7日   更新
2008年1月28日  更新
2009年10月9日  更新



 先日の私のブログ「タクシーの値上げを糾弾する!!値上げが、障がい者である私の『自立』を促進する?」でも少し触れましたが、12月3日(月)〜4日(火)広島市、12月7日(金)〜8日(土)岡山市、12月12日(水)松本市・甲府市、12月27日(木)千葉市へ、『創る会』−明日の司法と日弁連を創る会、代表世話人 小堀 樹(東弁)、本林 徹(東弁)、梶谷 剛(一弁)、鬼追 明夫(大阪)、久保井 一匡(大阪)、宮崎 誠(大阪)、事務局長 畑 守人(大阪)−の会合のために出張しました。『事前活動』は極めて大切です。2年に1回、会員の声・意見等にその土地に出向き直接耳を傾ける大切な機会です。私は22年間『事前活動』にも関与してきました。日弁連会長『選挙』は2008年(平成20年)1月9日(水)公示され、同年2月8日(金)が投票日です。

 『創る会』の代表世話人の一人である、宮崎 誠弁護士の略歴等を、以下紹介します。

miyazakimakoto.jpg

【略歴等】
 ・1944年(昭和19年) タイ国 バンコク市生まれ(63歳)。貧しい家庭で育った。
 ・1963年(昭和38年) 大阪府立三国ヶ丘高校卒業、京都大学法学部入学
 ・1967年(昭和42年) 京都大学法学部卒業、第21期司法修習生
 ・1969年(昭和44年) 大阪弁護士会登録、中嶋邦明法律事務所勤務
 ・1974年(昭和49年) 宮崎法律事務所開設
 ・1981年(昭和56年) 石川・塚本・宮崎法律事務所設立
 ・1983年(昭和58年) 大江橋法律事務所と改称
 ・2002年(平成14年) 弁護士法人大江橋法律事務所に改組、現在に至る。所員約80名

 [日本弁護士連合会などでの活動
 ・1992年度(平成4年度) 理事
 ・1997年〜1998年度(平成9年〜11年度) 法曹三者協議会委員
 ・1999年から2000年度(平成11年度〜12年度) 「自由と正義」編集長
 ・2003年度(平成15年度) 常務理事
 ・2004年度(平成16年度) 副会長
 ・2004年(平成16年)4月〜2007年(平成19年)6月
   日本司法支援センター推進本部本部長代行
 ・2007年(平成19年) 『弁政連』(日本弁護士政治連盟、会員約2050名)副理事長
 
 [大阪弁護士会での活動
 ・1992年度(平成4年度) 副会長、副会長として「国連B規約(自由権規約)の個人通報制度批准協議会」などを担当した。
 ・2004年度(平成16年度) 会長

 [主な取扱分野]
  一般民事、倒産・企業再建

 [主な著作]
 『管財実務のための新会社更生の理論・実務と書式』
      (宮崎誠他編)株式会社民事法研究会 2004年3月
 「国際倒産の実務運用・三田工業事件」
      (金融・商事判例増刊号 2001年3月)
 「DIPファイナンスが根づくために」
      (銀行法務21 2001年9月)
 「日弁連の準備状況と予算・地方自治体との連携」特集いよいよスタート日本司法支援センター
      (『自由と正義』2006年4月号)

 [座右の銘]
  至誠一貫


flower.jpg


 『創る会』と対立する方々は、『憲法と人権の日弁連をめざす会』(代表は高山俊吉弁護士−東京、事務局長は武内更一弁護士−東京)です。
 高山俊吉弁護士は、日弁連会長選挙(2年に1回行われる。現在の会長は、平山正剛弁護士−東京弁護士会)にこれまで4回挑戦されており、今回の立候補で5回目となり、著名な方です。


 以下、憲法と人権の日弁連をめざす会』の高山俊吉代表についてご紹介します(弁護士高山俊吉WEB SITE http://www.takayama-law.com/profile.html より、以下転載)。


takayamashunkichi.jpg



*************************************
1940年東京生まれ
長野で幼少時を過ごし、東京で中学・高校時代を過ごす
都立一橋高校を経て東京大学法学部卒
東京弁護士会所属
高山法律事務所主宰


○経歴概要 

1969年 東京で弁護士活動を始める
1985年 青年法律家協会議長
1987年 東京大学教養学部で非常勤講師
1993年 日本民主法律家協会副理事長
1999年 憲法と人権の日弁連をめざす会代表


○所属 

<交通関係>
・交通法科学研究会(事務局長)
・日本交通法学会
・日本交通科学協議会
・国際交通安全学会
・交通権学会
<法律家団体関係>
・憲法と人権の日弁連をめざす会(代表)
・日本民主法律家協会(理事)
・青年法律家協会(弁護士学者合同部会常任委員)


○主な関与事件や活動の分野 

□ 関与している事件や活動の幅は広くなりますが、強く関心を寄せている分野を挙げます。
 ○ 交通事故に関する民事賠償請求事件
 ○ 交通事故に関する捜査段階・公判段階の刑事弁護事件
 ○ 道路交通法違反に関する捜査段階・公判段階の刑事弁護事件
 ○ 交通事故・道路交通法違反に関する行政処分事件
 ○ 交通事故の科学分析・評論
 ○ 交通警察のあり方に関する評論
 ○ 道路交通問題に関する評論
 ○ 交通安全教育に関する評論

□ この十数年間は、司法の現状や弁護士のあり方などをめぐる問題についても積極的な発言を続けています。例えば次のようなテーマです。
 ○ 改憲の動きに対する批判と提言
 ○ 司法改悪の動きに対する批判と提言
 ○ 弁護士激増政策に対する批判と提言
 ○ 人権擁護と弁護士のあり方に関する提言
 ○ ロースクールに対する批判
 ○ 裁判員制度に対する批判


○主な著書・編書(共著・共編を含む)
<交通関係>
・「速度違反取り締まりへの挑戦」(芸文社 1981年)
・「いざというとき役に立つドライバー読本」(晩聲社 1982年)
・「まんがでわかる道交法」(集英社 1983年)
・「まんがでわかる新道交法」(集英社 1987年)
・「最新!まんがでわかる道交法」(集英社 1994年)
・「当世警察事情」(東研出版 1985年)
・「道交法の使い方」(青人社 1985年)
・「レーダー事件弁護の手引き(上)(下)」(青峰社 1989年)
・「分析交通事故事件」(日弁連 1994年)
・「科学的交通事故調査 実況見分調書の虚と実」(日本評論社 2001年)
・「危険運転致死傷罪の総合的研究」(日本評論社 2005年)

<司法・その他>
・「まんがでわかる軽犯罪法」(集英社)
・「まんがでわかるアパート・マンション・借家の法律」(集英社)
・「検証 付審判事件・全判例とその検討」(日本評論社)
・「知ってほしい司法試験司法の世界」(日本評論社)
・「裁判員制度はいらない」(講談社 )

●主な論文・論稿
<交通関係>
・「交通事故鑑定は科学的に」(朝日新聞論壇80年1月22日)
・「鑑定書の読み方」(日弁連・昭和六十年度特別研修叢書上巻)
・「自動車事故の弁護」(第一法規・刑事弁護の技術(下))
・「交通犯罪の起訴緩和に疑問」(朝日新聞論壇88年8月2日)
・「自動車走行速度の鑑定に関する考察」(季刊刑事弁護6、7号)
・「反対尋問チェックリスト交通事故現場編」(季刊刑事弁護10号)
・「交通事故報道を問う」(世界99年9月号)
・「交通事故もみ消し事件の背景」(朝日新聞論壇00年6月7日)
・「駐車取り締まり 安易な「民力」導入見直せ」(朝日新聞私の視点06年6月28日)
・「酒類提供重罰化は不合理」(全国商工新聞07年2月12日)
・「罰則強化の風潮を検証する」(シグナル409号07年3月号)

<司法・その他>
・「司法研修所における刑事弁護修習に関する一考察」(東京弁護士会司法問題ニュース119号 84年12月10日)
・「司法試験改革の方向に疑問」(朝日新聞論壇87年11月4日)
・「司法試験の現状は本当に深刻か」(有斐閣・ジュリスト906号)
・「司法試験改革に異議あり」(文藝春秋94年10月号)
・「司法試験改革は公平性を堅持せよ」(朝日新聞論壇95年10月16日)
・「自民党提言の司法制度審議会設置に反対する」(法律新聞論壇98年7月24日)
・「自民の司法改革構想の危うさ」(朝日新聞論壇98年9月4日)
・「司法書士法改正と司法書士自治への道程」(日本民主法律家協会・法と民主主義373号 02年11月)
・「日弁連企画映画「裁判員」のまやかし」(法律新聞寄稿03年5月16日)
・「戦時司法を許さない闘いに立ち上がろう」(法律新聞論壇04年7月23日)
・「豆を煮るにまめがらをたく」(文藝春秋05年2月号))
・「破滅的弁護士増と今こそ対決の時だ」(法律新聞論壇06年9月1日)
・「裁判員制度 不参加の世論を直視せよ」(朝日新聞私の視点07年2月2日)
・「裁判員制度の裏側」(週刊金曜日 日本はどうなる2007)
・「裁判員制度を始めさせてはならない」(もうひとつの世界へ07年4月号)

*********************************

 『憲法と人権の日弁連をめざす会』のご主張については、ウェブサイト「憲法と人権の砦」http://www.mezasukai.org/index.htm をご覧いただくのがよいと思いますが、高山俊吉代表が書かれている本『裁判員制度はいらない』(講談社 208頁)を紹介し、その目次を以下掲載します。
 
 第1章 裁判員法への猛反発
 第2章 憲法違反の司法改悪だ
 第3章 納得できる説明がない
 第4章 陪審制とはまるきり違う
 第5章 また赤紙で召集される
 第6章 人権と民主主義が崩壊する

 『憲法と人権の日弁連をめざす会』の2007年12月17日発行のニュースでは、「まともに生きさせろ」「激増は弁護士攻撃」などの主張が掲載されています。
 また、最近「もう許さない! 激増と権力にすり寄り 改憲阻止に立ち上がろう」とのパンフレット(12頁)を発行しました。目次は次のとおりです。

 ・アピール
 ・弁護士を生きさせろ! 弁護士激増路線に反対
 ・改憲−戦争国家に反対
 ・裁判員制度 廃止へ
 ・強くなったのは裁判所と検察だけ 刑事司法改悪

 私見ですが、このニュースやパンフレットを市民の方々、マスコミの方々、国会議員の方々、地方議員の方々等が読んだとしたら、多くの人から『ギルド(同業者組合)の主張や言い分』と言われてしまうのではないでしょうか。

 『創る会』と『憲法と人権の日弁連をめざす会』とは、意見や政策が真っ向から対立しています。

 個人的には、私は高山さんを約29年前から良く知っています。なぜなら修習生の時から私は『青法協』(青年法律家協会)会員であり、また第33期司法修習生『クラス連絡委員会』委員長であって、高山さんは『青法協』の議長であったからです。『クラス連絡委員会』は、自治会のような組織でしたが、2年間(その後修習は1年半になり、現在は1年間)委員長を務めました。「前期修習」と「後期修習」は別の人が委員長を務めるのが慣行だったようですが。33期修習生は約480人で、そのうち『青法協』会員は約130人いました。期によっては修習生約500人のうち、なんと約半分の人が『青法協』だったこともありましたが、『青法協』攻撃が右翼からなされはじめ、最高裁も結局その先頭に立ちました。裁判官任官拒否など不当な処分がなされました。その結果『青法協裁判官部会』は消滅しました。象徴的な事件は、宮本康昭裁判官(現在法テラス多摩法律事務所所長)の不当な”首切り”が最高裁により断行されたことです。全国裁判官所長会同で宮本裁判官”首切り”に反対したのはわずか3人でした。その一人は三井明裁判官(故人、刑事裁判官、家庭裁判所裁判官)でした。この事件のことは、憲法を大切にする私達は決して忘れてはならない事件です。33期の裁判になった相当数の方々は『宮本裁判官事件を決して忘れまい!自由で民主的な裁判所を目指そう!』とスローガンのように誓っていました。現実はどうだったのでしょうか? 33期修習生は『最後のあだ花』と言われ、修習生『青法協』は、以後激減しほとんどいなくなりました。『青法協』は、修習生の中で自主的な活動はほとんど出来なくなり自主的活動の名称は変わりました。
 いずれにしても、修習生『青法協』の歴史について簡単に述べましたが、私が言いたいのは、『青法協』の精神をもって弁護士会で活動しているのは宮崎誠候補の支持者に多いのです。また、宮崎誠候補自身『青法協』の和歌山支部の創設に加わっています。
 さて、高山さんのとのことですが、私の修習生時代には、例えば、彼のアドバイスとして、「『えん罪事件』を引き受けたら、裁判所で最初から『この事件は、えん罪で大問題だ!!』と大声で堂々と主張することが大事です」と教えて頂いたことなどがありました。 
 しかし、ここ十数年間は、公的な立場では、私と高山俊吉候補とは『水と油』ほど政策面で対立しています。


20071227133804.jpg


 ここで、理論面について若干触れると、『いま弁護士は、そして明日は?』日弁連・弁護士業務改革委員会編 2004年12月 株式会社エディクス 394頁 2520円が、大変参考になります。宮澤節生(現青山学院大学大学院法務研究科教授)は、「21世紀の弁護士は、市民になにを提供し、市民といかなる関係をもつべきか」とコメントされています。特に私見では、後藤富士子弁護士「実定法規から見た弁護士と依頼者の関係」(192〜208頁)、森山文昭弁護士(愛知大学法科大学院教授)「弁護士制度改革と弁護士像−新しい人権モデルの提唱」(222〜283頁)は、必須の文献です。森山文昭弁護士は、次のように問題を立てられています。「大量増員時代における弁護士業務の多様化とビジネス化の進行は、弁護士界に2つの重要な問題を提起する。1つは、弁護士としてのアイデンティティーをどのように維持していくのか、あるいはそれはもはや不可能なのかという問題である。そしてもう1つは、弁護士業務の公共性をどのように位置づけるのかという問題である。後者の問題に対しては、(1)弁護士業務は私益を追及するビジネスであると割り切り、弁護士にプロボノ活動等を義務づけることによって、弁護士の公共的責任を果たしていこうとする立場と、(2)弁護士業務そのものが公共性を有していると考え、その公共性の質を高めていこうとする立場の、異なった2つの方向性が考えられる。筆者は、上記(2)の立場に立ち、すべての弁護士業務は国民の裁判を受ける権利に関わる点において公共性を有しており、この点に弁護士の普遍的なアイデンティティーが認められると考える。本稿は、大量増員時代における弁護士のあり方について、1つの議論の素材を提供しようとするものである。」
 森山文昭弁護士は、藤井英男元日弁連会長選挙及び事前活動で、名古屋の事務局長(責任者は山田幸男、元日弁連副会長)を務め、奇跡の大逆転大勝利に貢献され、私と旧来「盟友」であり、意見交換をしてきました。森山文昭論文は、両陣営とともに、もっと多くの弁護士や市民の方々に読んで頂き、耳を傾けて頂きたいと考えます。

 さて、具体的には、司法改革(※注1)の推進・実行、裁判員制度、法曹人口論(国民の要求する数と質を認めるかどうか)、ロースクール(法科大学院、法テラス(全国に2007年12月14日現在57事務所がある。最高裁判所・法務省・日弁連・司法書士会などのコラボレーションである、ひまわり基金公設事務所(2007年12月14日現在全国に69事務所がある。本年度2008年3月中に、三沢、河西−島根、萩、稚内に開設予定)等について、『憲法と人権の日弁連をめざす会』高山俊吉候補は全て反対されています。

 ここで、『創る会』の会合や主張について若干述べたいと思います。

 『創る会』は、政策、緊急の課題として4つ挙げています。
1.取り調べの可視化の実現を前提とした裁判員裁判への対応、被疑者国選における国選報酬増額の実現をめざす
2.弁護士ニーズの拡大、職域の確保と人権擁護の両立をめざす
3.法曹人口問題については検証を急ぎ、検証の結果によって数やスピードについて2010年3月までに提言する。また、3000人を超えるさらなる増員は断固阻止する必要がある。
4.人権、消費者、環境活動のさらなる活発化のために、資金面、立法面の両面から取り組む

20071227140834.jpg


 
       
      山梨県弁護士会との意見交換会の会場に向かう
           魚住 泰宏 弁護士(大江橋法律事務所) →










 20071227171443.jpg

 




  ← 千葉県弁護士会5階会議室へ向かう
     鐘ヶ江 洋祐 弁護士(大江橋法律事務所 53期)












 高山氏等は、私が所属している東京弁護士会のグループの一つである『期成会』(代表 中村 雅人 事務局長 濱田広道 565名)にも所属しています。ただし、22年間一貫して日弁連の会長選挙及び事前活動に取り組んできた私を、「かくれ『法友会』※注2」と言う人もいるようですが、22年間(北山六郎(故人)選挙−神戸、東京の選対事務所に毎日つめたのは井田邦弘、井田恵子(故人)夫妻−東弁・期成会−であった)一貫して(脳出血で倒れて入院、療養していた期間は当然除く)、先頭の一人として日弁連の会長選挙及び事前活動に従事してきたことを自負しており、「かくれ『法友会』」との称号は私にとっては名誉なことです。
 
 さて、『期成会』は、まさに政策グループですから、『期成会』の重要な政策(司法改革の推進、裁判員制度、法曹人口論、ロールクール、法テラス、ひまわり基金公設事務所などについて)に真っ向から反対している高山氏等が、何故、長い間『期成会』にも所属されておられるのか疑問です。高山氏等は、独自の政策路線で、独自のグループをお作りになっていますから、『期成会』からは離れて活動される方がよいのではないでしょうか。
 『期成会』は、栄えある歴史を有する『政策グループ』です。過去、私が知っているだけでも、増岡章三(日弁連会長は北尻得五郎−故人、大阪)、樋口俊二(日弁連会長は山本忠義−故人、東弁『法友会』)、井田恵子(故人)、堀野 紀と名「事務総長」を輩出しました。その『政策』は、第二東京弁護士会の『全友会』と並んで全国的影響力を持っていました。『政策グループ』である『期成会』は、北山六郎(故人・当時神戸)以来、11回の日弁連会長選挙で後記11人の会長候補の『支持決議』を総会で決定しました。今回も臨時総会で27対2で『期成会』は高山俊吉候補ではなく、宮崎誠候補の支持決議を決定しました。高山俊吉候補にとって5回目の挑戦ですが、いつも圧倒的大差で破れています。高山俊吉候補の相手は同じ東京弁護士会員であろうと大阪弁護士会員、第一東京弁護士会員であろうと全く関係ありません。高山俊吉候補の主張が、この22年間の日弁連の発言・行動・活動等とほとんど関係なく、単なる「反対」の言動だからです。ただし、えん罪、憲法問題などでは基本的に大同団結できる課題です。一つ例としては「安田好弘弁護士えん罪事件」があります。この22年間の日弁連は、課題を常に掲げていますが、飛躍的に『進歩』しました。高山俊吉候補は、この『進歩』を認識することができないのです。例えば、一昨年のゲートキーパー問題や貸金業法改正問題がそうですし、国際的活動も格段の『進歩』です。また政治に対するロビイング・活動も大きな『進歩』があるのです。これらが『見えない』のが高山俊吉候補及び高山グループなのです。

 参考までに過去約22年の日弁連会長・事務総長を記載したいと思います(所属は当時のものです)。弁護士会のグループ(会派、派閥とも言われます)を書くと、不快だったり、いやがる人もいるかもしれませんが、私見ではこの資料は必要であると考えます。歴史的視点も大切だからです。

1986年4月〜1988年3月  会長 北山 六郎(故人、神戸、現在兵庫)(注9)
                 事務総長 橋元 四郎平(故人-09.8.1逝去、東京、『法友会』)
1988年4月〜1990年3月  会長  藤井 英男(故人、東京、『法友会』)
                 事務総長  大石 隆久(故人、静岡、浜松)注3)
1990年4月〜1992年3月  会長  中坊 公平(大阪、『春秋会』)(注10)
                 事務総長  井田 恵子(故人、東京、『期成会』)
1992年4月〜1994年3月  会長  阿部 三郎(東京、『親和会』)
                 事務総長  堀野 紀(東京、『期成会』)
1994年4月〜1996年3月  会長  土屋 公献(故人-09.9.25逝去、第二東京(注4、『新風会』)
                 事務総長  稲田 寛(東京、『法友会』) (注5)
1996年4月〜1998年3月  会長  鬼追 明夫(大阪、『春秋会』)
                 事務総長  小川 信明(東京、『法友会』)
1998年4月〜2000年3月  会長  小堀 樹(故人-09.9.30逝去、東京、『法友会』)
                 事務総長  寺井 一弘(東京、『法友会』)注6)
2000年4月〜2002年3月  会長  久保井 一匡(大阪、『春秋会』)
                 事務総長  三羽 正人(東京、『法友会』)
2002年4月〜2004年3月  会長  本林 徹(東京、『法友会』)
                 事務総長  大川真郎(大阪、『春秋会』)(注7)
2004年4月〜2006年3月  会長   梶谷 剛(第一東京(注8)
                 事務総長  山岸 憲司(東京、『親和会』)
2006年4月〜2008年3月  会長   平山 正剛(東京、『法友会』)
                 事務総長  明賀 英樹(大阪、『友新会』 ※『春秋会』と記載しておりましたが、間違いでした。謝罪致します。)
2008年4月〜2010年3月  ???
(東弁の『法友会』の中の「春秋会」と大阪の『春秋会』は別の組織です。)

 なお、事務総長の人事について、私見ですが、私は20年前から、日弁連会長選挙において事務総長も選挙で指名して選ぶべきだと考えています(アメリカの大統領選挙の際に、副大統領を指名して選挙戦を闘うように)。なぜなら、その方が、より民主的と考えるからです。

20071221163404.jpg




  ← 初台リハビリテーション(木下牧子院長)にて
      撮影 山口 誠










以下、裁判員制度及び死刑制度についての私見を述べます。

 「裁判員『やりたくない』七割」との新聞の報道がありましたが、それらの声を説得するのが日弁連の役割の一つだと思いますし、また同様に死刑廃止に反対する国民は、ご承知のとおり多数(しかも年々増えています)ですが、その声や考えを説得するのが日弁連の役目だと思います。
 死刑は国家による殺人であり、私は生きている限り死刑に反対し続けます。
 日本では元来死刑をしなかった時代が数百年間あり、死刑を嫌う国民でした。誇るべき歴史でもあったという研究もあります(デービッド・T・ジョンソン、菊田幸一訳「秘かに人を殺す国家−日本の死刑」(上)『自由と正義』2007年9月号111〜127頁、同(下)『自由と正義』2007年10月号91〜108頁など参照)。
 ご承知のとおり、先日、史上初めて、国連総会において「死刑執行停止」の決議がなされました(賛成104、反対54、棄権29)。「死刑執行停止」の流れは誰も止めることはできないと考えます。
 また、えん罪』の死刑事件がアメリカでは数百件もあるそうです。

 『創る会』は、パンフレット『「明日の司法と日弁連を創る会」世話人 宮崎 誠に聞く 「動き、動かす 明日の司法」 Move!』において、死刑問題については、「韓国でも平成9年末(1997年末)から10年間死刑の執行が停止されましたが、このような流れの中で死刑廃止は世界の大勢となっています。私自身も、死刑の廃止を目指すべきであると考えています。この問題については、日弁連内部でもまだ意見の一致をみていませんが、特にヨーロッパの国々において、死刑の廃止に反対する世論が多い中、各国政府が『人間の生命の尊厳は絶対であり、例えば重大な犯罪者であっても、国が人の命を奪うことがあってはならない』という立場から世論をリードし、順次死刑が廃止されてきた歴史があり、これには学ぶべきところがあると思っています。いずれにせよ、鳩山法務大臣の死刑をめぐる一連の発言はとても賛成できません。死刑廃止が世界の大勢である中、法務大臣の権限を放棄するのではなく、その権限を前向きに行かし、日弁連が提唱する執行の一時停止など真剣に考えていただきたいものです。」と強調しています。


 裁判員制度は、日本の戦前の陪審制度を研究する中から出てきた制度です。例えば、四ノ宮啓『O.Jシンプソンはなぜ無罪になったか』(現代人文社)『復刻版・陪審手引』(現代人文社)を参照しましょう。
 また、戦前の陪審制度の「生き証人」であった三井明(元刑事裁判官、家庭裁判所裁判官、元日弁連子どもの権利委員会委員。三井明先生については、拙稿『自由と正義』2006年7月号「刑事司法分野における国連ウィーン本部の活動と日弁連」56頁及び注8も是非お読み下さい)の、西日本新聞(2004年11月12日)の記事「・・・陪審員が姿を消して60年余。封印された刑事法廷への『市民参加』は裁判員制で再び開かれる。「市民の常識は裁判官を助けてくれるはずだ。」三井はそう確信する。・・・」(→こちらから記事の全文が読めます。http://yoshimine.dreama.jp/blog/99.html) も是非お読み頂き、「市民の常識」を念頭において、国民・市民が主体的に関わる裁判制度をPRすべきと考えます。

20071221170004.jpg
          
               初台リハビリテーション病院(木下牧子院長)にて
                         撮影 山口 誠


 最後に、一言申し上げたいと思います。
 高山俊吉候補はアジテーターです。情熱も感じます。しかし、支持できません。
 一言理由を申し上げます。
 日弁連の多くの会員は二十数年間業務をしながらボランティア活動として地道な高い目標を実践してきました。日弁連はそれらの先頭に立ちました。例えば憲法の三原則を大切にする活動、あらゆる人権を守る活動、社会的弱者・女性の権利を守る活動、子どもの権利・人権を守る活動、市民の目線を大切にする活動、会員の声を活かす活動、警察に対する監視などの活動、ヤクザなど不当な勢力と闘う活動、企業の不正・犯罪と闘う活動、国際的ルールを学び活用する活動、国民の声に答える法テラスの活動、過疎問題の解決を目指す活動、国民の求める量と質の法律家を生み出す活動、刑事司法の改革、被疑者の国選弁護の実現を目指す活動、ロースクールの成長に協力する活動、裁判員制度の実現を目指す活動、えん罪を防止する等の活動・・・・など。
 不十分な点はたくさんありますが、私たちは時計の針を前に進めるべきであって、高山俊吉候補の主張のように時計の針を止めてはいけないと考えます。




(注1)
 文献として、例えば土屋美明『市民の司法は実現したか−司法改革の全体像』2005年 花伝社(3200円+税 469頁)、大川真郎『司法改革−日弁連の長く困難なたたかい』2007年 朝日新聞社(2400円+税 288頁)などがあります。
 
(注2)
 『法友会』(2210名)とは、東京弁護士会のグループの中の一つで、12の『部』にわかれています。若い期のグループは『法友全期会』と言い、約20年前の藤井英男選挙に奇跡の大逆転大勝利に貢献しました。『法友会』より支持表明が早かったのです。また、全国の単位会の運動の中心は若い人が多かったのです。藤井英男会長の初年度に、若い期の代表として『法友全期会』から日弁連の理事者(神頭正光弁護士、現在は川村百合弁護士)を出せることになり、以来誇るべき慣行として現在まで続いています(日弁連「子どもの権利通信96号9頁参照)。
 『法友会』の最大のグループは「春秋会」(大阪の『春秋会』とは別の組織です)約460名、「同志会」約450名などです。なお、『法友会』(2007年度 幹事長 福原 弘)は、2007年12月『法友会 私達のマニフェスト−法の支配の課題と展望』とのパンフレット(30頁)を作成した。
 なお、東京弁護士会には、『親和会』(山岸憲司 幹事長 1288名)という大きなグループもあり、「東京法曹会」「二一会」「大同会」の三つのグループで構成されています。
 東京弁護士会には、その他『水曜会』(武内更一 代表幹事 約100名)というグループもあり、『法友会』、『親和会』、『期成会』、『水曜会』を、東京弁護士会の四派(4つのグループ)と言っており、これ以外に、無派閥・その他は1379名います。
 大阪弁護士会は、8つのグループ(『一水会』『五月会』『法曹公正会』『春秋会』『法曹同志会』『法友倶楽部』『友新会』『無所属』)に分かれて活動しています。大阪弁護士会でグループ毎に分類された名簿を作成されており(『無所属』も1つのグループです。従って全員この名簿に載っています)、私見ですが、弁護士会の透明性、公平性などの点から言うと、より優れていると思います。

(注3)なお、藤井英男会長の事務総長は大石隆久先生でした。『破顔一笑邪気を払う−ラジカル・リベラリスト大石隆久の足跡』2006年(573頁)を是非読んで頂ければ幸いです。貴重な本だと思います。『自由と正義』2006年7月号59頁注11にも紹介しています。この本を手に入れるには、鈴木敏弘弁護士(静岡)にお問い合わせ下さい。

(注4)第二東京弁護士会のグループとして、『全友会』(以前、旧『全友会』は分裂し、『全友会』と『紫水会』になった)、『日比谷倶楽部』、『新風会』、『柴水会』、『向陽会』、『五月会』、『清友会』、『法曹日本倶楽部』が活発に活動しています。私の25年前のパートナーが、『日比谷倶楽部』の有力な会員でしたので、私は第二東京弁護士会のことを少し知っています。二弁の場合、約半数の方が無所属のようです。

(注5)稲田 寛『一見落着−下町弁護士のこぼれ話』(中央大学出版部 1800円 210頁 日本図書館協議会選定)味のある体験記だと思います。「私の弁護士人生そのものが一見落着の連続である・・・」

(注6)法テラス(日本司法支援センター)理事、元日弁連刑事弁護センター委員長
著書として『まちづくり権−大分県・日田市の国への挑戦』2004年 花伝社 1500円 204頁(筑紫哲也が「国を相手に戦い『まちづくり権』を初めて提唱した感動的なドキュメント」とコメント)『刑事弁護の技術』(共著、第一法規)など。

(注7)大川真郎元事務総長の本(『司法改革−日弁連の長く困難なたたかい』2007年 朝日新聞社)について、本林 徹 元日弁連会長は、本の冒頭で次のように書かれています。長いですが以下引用します。
「・・・・・・大川さんは、事務総長就任から12年さかのぼる1990年に日弁連が定期総会で『司法改革宣言』をおこない、国民に身近な司法の実現をめざして当番弁護士活動や法廷傍聴運動などを手がけたころから今日まで、日弁連の司法制度改革運動の中心にいて、改革の流れを着実に進めてきた人である。大川さんは、本書で、今次の司法改革がなぜ必要だったか、その背景から説きおこし、日弁連が司法制度改革をいかなる理念と視点に立ち、どのような具体的運動に取り組み、どのような成果を上げてきたか、そのたたかいの歴史を、客観的な資料に基づき冷静に、しかも興味深く描いている。大川さんは、司法制度改革の表裏を知る数少ない生き証人である。大川さんは、主観的な立場から改革の歴史を書き下ろすのではなく、そのときどきの改革の重要場面で中心的に活躍した人たちの公式発言や論文などを的確に引用しながら、彼らに語らせつつ歴史を再現するという手法をとっている。その方が、司法改革の太い流れや関係者のせめぎ合いが活き活きと読者に迫ってくるから不思議である。大川さんは、文章を書くことが好きで上手である。しかも、その文章はいつも論理明快で読者の胸を熱くする。このことは、香川県・豊島(てしま)の公害事件を担当した貴重な体験を著した『豊島(てしま)産業廃棄物不法投棄事件−巨大な壁に挑んだ25年のたたかい』(日本評論社2001年)を読んだ方はすでにご承知である。本書は、司法改革史であると同時に、大変面白い読み物にもなっている。読者はきっと引き込まれるように一気に読み通してしまわれるであろう。今次の司法制度改革は、明治維新、戦後改革にも匹敵するといわれる歴史的な改革であった。「人権の尊重」「法の支配」「国民主権の実質化」といった崇高な理念を打ち出し、利用者であり主権者である国民の視点から司法全般にわたり抜本改革をするとともに、21世紀の日本社会のあり方そのものをも変えることを目ざしていた。・・・・・・・・2年間で26人の副会長は、「市民の司法を実現する」という熱い思いを共有し強い使命感をもって全力投入をすることができた。今次の改革は、日弁連が今まで経験したことのない活動を私たちに迫るものであった。・・・・・・・・最高裁、法務・検察とは「緊張関係の中での協働」という基本的な考え方に立って、いうべきことはきちんと主張する、協力すべきは協力する方針を貫いた。きびしくせめぎ合う場面もあったが、法曹三者が基本的な理解と信頼をもち合えたことが、改革を円滑に進めえた大きな要因となったことは間違いない。もう一つは、国民の司法をめざし日弁連の主張を法案に反映させるためには、法案作成の前段階で国会議員や政党としっかりと対話と意見交換をおこない十分な理解を得る努力をすることが不可欠である、という新たな体験であった。そのための活動に精力を注いだことも今次改革の成果に結びついているかも知れない。・・・・・・・・国民の司法参加を実現する裁判員制度の導入、国民の司法利用を促進する総合法律支援全国ネットワークとしての日本司法支援センター(法テラス)の創設多様で質の高い法曹を養成する法科大学院の開設など、抜本的な改革が実現した。司法制度改革は今や実行の時代に入っている。新たに生まれた諸制度に魂を入れ、国民と手を携えて実践をしていくことにより、しっかりと社会に定着させることがわれわれの課題である。・・・・・・・かつては、三権のあかできわめて小さな存在であった司法は、今次の改革で21世紀の日本の重要な国家インフラとして注目を浴びる存在になった。・・・・・・・・・司法を充実強化していくことは必須である。そして、今次の改革がめざした「法の支配」(rule of law)の行き届く透明で公正な社会、お上依存の「統治客体意識」から抜けだし「統治主体意識」を備えた自律性ある国民がのびやかに活躍する社会の実現に向けて、これからも着実な歩みを進めなければならない。」
 本書の事項索引も充実しています。 

(注8)第一東京弁護士会の場合も、いくつかのグループが活動していますが、その内容は私はほとんど分かりません。ただ、長い間(18年間)一弁は、日弁連会長を出していなかったので、私見ですが、私はこのことが大変気になっていました。一弁から出す場合には 梶谷 剛 先生が最もふさわしいと何年も考えていました。勉強会を共に組織したこともありました。日弁連会長になられた時は、私は療養中でしたので、運動のカンパをする位しかお手伝いができませんでしが、会長任期中には、尊敬する立派な方ですから、可能な限り全面的に協力致しました。

(注9) 強盗殺人罪で死刑確定後に再審無罪となった財田川事件(香川)や、知的障害児施設の浄化槽で園児2人の遺体が見つかった甲山(かぶとやま)事件の差し戻し審(無罪確定)で弁護団長を務められた。

(注10)著書として『中坊公平・私の事件簿』(2000年 集英社新書)など多数あり。

 tree.jpg

  


 
CMSならドリーマASP