ブログ「夢を追い続ける車椅子の弁護士吉峯康博」開設に寄せて

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多様な情報は氾濫しているように見えるのに、果たして、この自分がインターネットを使い、ブログを書くことに意味はあるのだろうか?

日本の弁護士は、約2万4000人いるが、一人一人個性や仕事の内容は違う。
僕にとってブログを書くことは自己実現のひとつでもあり、「誰かに実像を伝えたいこと」を発信する場になると思う。
他人(市民や同業者など)にとって、僕の生き方は少しは参考になるかも知れない。

僕が弁護士になって27年以上になる(その間約5年前には脳出血で倒れ、その後約1年入院したので弁護士としての仕事が中断した)。
雑多なことを沢山やってきた。
市民の方々は「なぜ悪い人や悪いことをした人を弁護するの?」「弁護士は儲かるんでしょう?」「人権ってむずかしい」等々疑問をお持ちだろうと思う。
そんな疑問に、このブログが少しでも答えることになればいいと願っている。

さて、自分のユニークな点は、
(1)新人弁護士の時から、多くの「えん罪事件」にかかわり、一貫して「えん罪」に関心を持ち続けていること
(2)庶民、弱者(特に子ども、少年少女)の味方であり続けたいと思っていること
(3)庶民、弱者(特に子ども、少年少女)の人権を、『ルール』(国際的なルールも含め)で守りたいこと。
日本は、『国際的ルール』(国連のルール)を尊重しない傾向があり、そのことを市民や世界にPRする必要がある。
そのために、国連ウィーン本部、国連ジュネーブ本部に日弁連から20回近く出張した。
この4月末には、車椅子でウィーン本部へ、日弁連から出張させてもらった。
(4)日弁連の活動(これはボランティアです)を異常な位やってきた。
仕事の8割位が日弁連の委員会の活動だった時期もある。
2年に1回、日弁連会長選挙があり、この運動を20年間毎回やり続けた。
このことは極めて珍しいことだと自負している。
日弁連会長選挙が終わると、委員会活動(子どもの権利委員会、国際人権問題委員会、刑事弁護センターなど。日弁連の委員会は50以上ある)に戻るという生活であった。
日弁連の活動をやりすぎて私が「倒れた」という人もいるくらいである。
もっとも、倒れた時、刑事事件の身柄事件を3件かかえており、文字通り連日連夜留置場で被疑者・被告人と接見していたのは事実であるが・・・・。


僕のブログが、少しでもメッセージとして意味があることを祈る。 


 
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