ヒロシマ!!子どもの目からも見た分かり易い被爆・復興の『家族史』!!世界に発信!!

ヒロシマ!!子どもの目からも見た、
分かり易い被爆・復興の『家族史』!!世界に発信!!


                                 2012年8月9日(木)


 8月6日は広島、本日8月9日は長崎への原爆投下から67年目の日を迎えました。

 
 私の高校時代の親友である、岡村有人(くにと)さん著『七つの川は銀河に届け』について、情報提供いたします。
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                    岡村有人(くにと)さん
                  (撮影者 吉峯康博)


 この本は、広島市への原爆投下に関するいわゆるルポですが、日本語版は7年前に出版されました。その後岡村有人くん自身が大変な時間と労力をかけて英訳し、今般2012月に英語版『May the Seven Rivers of Hiroshima Reach the Galaxy』がアメリカで出版されました。

 著者本人の英訳による分かり易い英語版(写真多数あり)が出版され、しかもイギリスのImperial War Museum(IWM 帝国戦争博物館 ロンドン、ケンブリッジ、マンチェスターなど5個所)に『永久保存』(永久保管)されるということは大変意義深いことだと思います。


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 この本に出てくる岡村吉人(よしと)さんは、岡村有人さんの父親であり、私の広島皆実高校の担任(生物の先生)でした。岡村有人さんは、約13年前に父吉人先生が亡くなられた後、母親の敏子(としこ)さんやご親戚などに聞き取り調査を積み重ね、この本を完成させました。

 原爆の悲惨さを語った本は英語版も含めて沢山出版されていますが、『七つの川は銀河に届け』は、原爆の悲惨さを様々な形で伝えているだけではなく、岡村先生ご夫妻の復活の人生をとおして、家族・親族全体の被爆体験が極めて分かり易くリアルに描かれており、また約70年間は草木も生えないとも言われた広島市の奇跡的な復興の過程が見える形で見事に描かれている普遍性を持った大変珍しい本だと思います。


「敏子の母ミツノは、台所の片付け仕事をしていた。ミツノを除いた三人とも十分から三十分の間のタイミングで出掛けることになっていたが、運命の時間(午前8時15分)までは家屋の中にいた。これが最初の運命の分かれ目であった。というのは、屋外で被爆した人たちは、例外なく即死または一週間以内に死んだからである。」(本書43頁)

寺尾絢彦 (元家庭裁判所調査官、Meeting Space てらお 主宰)さんは、「重い内容であるにもかかわらず、平易な美しい文章で綴られていて、・・・何よりも私にとって印象的だったのは、原爆の記録の多くが、その悲惨さ、酷さ故に、読後、読み手に重く暗いものを残すことが多いのに、この本はそういうものを乗り越えて、私に何かホッとする気持ちや希望を与えてくれたことでした。」と言われています。

「具体的な家族にとっての原爆を描くことで、かえって個別具体的な『一事例』としてではなく、身近な家族の経験として、誰しも共感しうる普遍性を備えているように感じ、本書の魅力を再発見しました。加えて、英語訳を発行するに当たり、『原爆を落とした国』であるアメリカで刊行するためには、語学の壁に加えて社会的な壁があり、刊行に当たり大変悩まれたことが鮮明に伝わってきました。この点、7年の歳月を経て様々な困難に打ち勝って刊行された英語訳が、IWMに永久保存されたということは、本書が世界にも認められたものであると思います。」(大学生)

「本書は、ある家族がどのように被爆から生還を果たし、終戦を迎えたか、そして、原爆の傷跡を背負いながらもその後の人生をどのように切り開いていったのか、さらに、戦後生を受けた子どもである筆者が、家族と共に原爆にどのように向き合っていったのかを示す、非常に貴重な書籍であると痛感しました。
原爆の悲惨さを克明に記録した記録媒体は無数にあり、また、原爆を巡る人の在り方に迫った小説も多々ありますが、本書は、ある家族の家族史の中で原爆体験を捉え、その家族の視点から原爆を見据えることで、より被爆者とその家族の方々の視点に立った原爆の姿を映し出しているのではないかと感じます。
原爆というと、とかく『原爆の悲惨さ』『荒野から立ち直る人間の強さ』といった面が描写されがちですが、本書では、一瞬を境に平和な町が焦土と化し、否応なく悲惨な現実から立ち直らなければいけない中で、悲しみ、やりきえれなさ、怒り、あきらめ、希望、喜びといったあらゆる感情が混ざり合いながら生きていく、家族から見た原爆の姿が克明に示されているように感じました。・・・私は、原爆のあまりの非現実生ゆえ、今まで自分自身の経験として原爆を捉えることが出来てきませんでした。しかし、本書を拝読することで、原爆の中で家族がどのように生きたのか、自分自身に敷衍して身近な経験として理解できたように感じています。」(東京大学 学生)

黒い雨の降る時間には似島(にのしま)方面に避難して二次災害を免れたことなど岡村吉人先生ご一家が何かに生かされているという畏敬の念に打たれました。・・・3歳のときから広島で育った私にとって、原爆は終生取り組まなければならない課題だという思いを最近とみに感じていました。しかし、どれから読めばよいか分からなくて迷っていたところへ、思いがけず岡村有人さんの本に接することができ有難く思っています。私のこれまで読んだ本は、原爆の悲惨さをいろいろな形で伝えていましたが、このように身近な人の、その親族全体の被爆体験を、本当に顔の見える形で叙述されたものはありませんでした。」(吉久治之、弁護士、元検事)

英語版は、岡村有人くんが書いたオリジナル原稿とともに、前述したとおりイギリスのImperial War Museum (ロンドン、ケンブリッジ、マンチェスターなど5つあります。年間約230万人訪れている)に『永久保存』(永久保管)されることになりました。本当に素晴らしいことであり、凄いことです。
 Imperial War Museum (IWM)に行けば、この本を見たい人は一定の手続きを取れば、誰でも見られるそうです。

 7月30日(月)の中国新聞朝刊に、英語版出版についての記事が掲載されました。


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           (2012年7月30日 中国新聞朝刊19面より)


 また、8月18日(土)の読売新聞広島版朝刊にも、下記記事が掲載されました。

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          (2012年8月18日 読売新聞広島版朝刊24面より)



 この本の日本語版、英語版をお読みになりたい方は、中国新聞及び読売新聞記事の最後にも記載があるとおり「岡村さんの会社KRTが日英版とも1冊1500円で扱っている。電話03(5355)6801。メールアドレスkrt@r8.dion.ne.jp」宛に注文すれば手に入ります。


【 岡村有人(おかむら くにと)略歴 】
1947年(昭和22年)3月3日広島市生まれ。広島市立皆実小学校、広島市立翠町中学校、広島県立皆実高等学校、広島大学理学部物理学科大学院修了。学生時代には、短距離選手として陸上競技に熱中、広島県選手権、中四国学生選手権などで優勝、広島県代表選手として対抗試合などに参加する。
1975年 日立製作所中央研究所入社。音響及び家電製品の研究開発に従事。
1984年 Thorn EMI plc.東京オフィス。技術ディレクター。
1989年 日本ポラロイド。電子映像、新規技術開発に従事。取締役。
1995年 ボーズインターナショナル株式会社。専務。
2000年 ボーズ株式会社。副社長。
2003年12月 有限会社KRT設立。日本と世界の技術、マーケットの橋渡し事業に従事。
趣味はジョギング、フルート演奏。現在東京都世田谷区在住。


 
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