「少年えん罪事件について−綾瀬母子殺人えん罪事件などを素材に−」

「少年えん罪事件について−綾瀬母子殺人事件などを素材に−」


吉峯康博(弁護士・東京)
 

――かこわれ、身動きができなくなってしまう弱きもの(兔)を表しているのが「冤」だという。いわれのない罪をきせられ、何をいっても否定されるなかで絶望と自暴自棄に陥り、いうがままになることでさらに逃れがたい状況に追い込まれていく、冤罪。その呪縛の多くは捜査が生み出している。――『ハンドブック少年法』371頁

1.1993年に起きた山形明倫中マット死えん罪事件で、2005年9月6日、最高裁は突然、元生徒7人全員の上告を棄却する決定を下しました。一方2005年9月21日、38年前に起きた強盗殺人事件のえん罪事件である『布川事件』の再審の扉が遂に開かれました。

 さて、今般、『ぼくたちやってない』(横川和夫・保坂渉著、共同通信社、2005年9月20日再版)という綾瀬母子殺人えん罪事件のルポルタージュを、約13年振りに増刷いたしました。帯を新装し、「典型的な少年えん罪の教科書」などと書き直しました。
 私たちは、『ぼくたちやってない』が品切れであることに気付き、綾瀬母子殺人えん罪事件弁護団や協力者で『ぼくたちやってない』の増刷をしました。なぜ、私たちは多額の費用をかけ増刷をしたのでしょうか? なぜ、私たちは、今日、綾瀬母子殺人事件や多くの少年えん罪事件をスケッチしようとしているのでしょうか?
 綾瀬母子殺人事件、山形マット事件など少年えん罪事件を、若き弁護士、修習生、法科大学院生などにより良く知ってもらい、ひいては少年えん罪事件に対する、より深い問題意識を持って下さることを願っております。

 この数ヶ月だけでも注目すべき重大な少年事件や小学校6年生が殺人の被害者である事件など、次々に衝撃的な事件が大きく報道されています。おそらく、少年の弁護人・付添人などとして我々の仲間である子どもの事件をやっている方々が、毎日毎日大変な活動に従事されていることだろうと思います。このような状況の中でも、常に少年えん罪のことは、決して忘れてはいけないのです。今も10年前も20年前も30年前も、少年えん罪は数多く存在しているのだと確信しています。
 以下、少年えん罪事件について、書きたいと思います(参考文献は、なるべく入手しやすいものにしてあります)。

2.触法少年のえん罪事件について
 少年法「改正」により、触法少年に対する警察の権限が、正式に確立される可能性が大です。触法少年のえん罪では、「大阪老女殺人えん罪事件」(1979年、駄菓子屋を営む老女がやく殺され、現金十数万円等が奪われ、約9ヶ月後、小学6年生の少年が「自白」。高野嘉雄弁護士〜奈良県弁護士会〜の付添人活動により「非行事実なし」を勝ち取った)を“古典”として共有財産とすべきと思います。
【参考文献】
・高野嘉雄『大阪老女殺し事件』(法学セミナー増刊「少年非行」232頁〜235頁)

3.少年えん罪事件で、『東調布署怪盗団事件』(1976年、共犯とされた4人のうち2人〜当時16歳〜は、3回の逮捕と2回の勾留観護措置で、96日間の身柄拘束。「自白」した窃盗事件200件以上。捜査報告書によると被害金品は、現金2000万円、指輪2000個、時計500個、ネックレス100本…など。付添人は高橋利明弁護士〜東京弁護士会)も、典型的ケースであり、このえん罪事件も“古典”と言えます。なぜならば、警察には、その所轄署内に「たまっている未解決の、迷宮入りしかかっている事件」の大半を、少年に押しつける傾向があり、この事件はその象徴的な例だからです。この事件をも共有財産にしようではありませんか。
【参考文献】
・朝日新聞社『未成年』絶版(公共の図書館などにはあるはずです)

4.綾瀬母子殺人えん罪事件について
 (1) 最初受任した弁護士は、3人の少年から受任し、えん罪とは考えず親たちから解任されています。1人の弁護士が3人の少年から同時に受任することの問題性など、この弁護士の問題性があります。この事件の教訓の一つです。

(2) 綾瀬母子殺人えん罪弁護団が受任してから約4ヶ月で、「非行事実なし」不処分の決定が下りました。最初真っ黒な心証を持ち続けた裁判官に「非行事実なし」を書かせ、勝利しました。ただし、正直なところ、弁護団の全員が、不眠不休の活動の日々を送りました。

【綾瀬母子殺人えん罪事件弁護団】
・A少年(武志・仮名)の付添人
主任 木下淳博(東京)、羽倉佐知子(第二東京)、村山裕(東京)
・B少年(光次・仮名)の付添人
主任 吉峯康博(東京)連絡係、榮枝明典(第二東京)、安部井上(東京)
・C少年(彰・仮名)の付添人
主任 若穂井透(千葉県)、須納瀬学(東京)、森野嘉郎(東京)

(3) 勝利の要因の一つに、裁判官の忌避申立てがありました。
忌避申立は、東京家裁で雑事件として処理されましたので、東京高裁に不服申立をしました。裁判官に面接を申し入れ、面接を待っていると、書記官に「記録は1メートル以上あるのですね。」と言われ、私たちは「記録がきているぞ!」と感動しました。たった1人の裁判官しか記録を見ていない現実が打ち破られたのです。

(4) 警察のアリバイ証人に対する違法捜査に対し、「証人のための代理人団」を結成してもらい活動・活躍してもらったこと、人身保護請求の申立てをしたことなども勝利の要因の一つでありました。

(5) 刑事補償の請求をしたが認められませんでした。しかし、この請求を一つのきっかけとして、「少年の保護事件に係る補償に関する法律」が施行されました(1992年)。

(6) 国家賠償請求訴訟について
親・少年の中で、積極派、消極派に分かれましたが、積極派の親のお一人がガンで急死され、国賠はやらないことになりました。

(7) 警視庁は、「誤り」を認めず、捜査の責任者は何の処分も受けていません。警察の研修では「正しかった」との講義をしています。ミスを認めない警視庁の態度は、常に同じような見込み捜査をする危険性があるということであり、また真犯人の捜査を放棄していることは大問題です。

(8)『勝利の朝』(綾瀬母子殺人えん罪事件等をコミック化したもの。作者は漫画家塀内夏子氏。小学館 監修吉峯康博、木下淳博、須納瀬学)について子どもたちに、少年えん罪を理解してもらうためには、この漫画は大変有効と思われます。研究者(荒木伸怡立教大教授、佐々木光明神戸学院大学教授)などからも、「再版して欲しい」という声があがっています。塀内夏子さんとコミック文庫に入れられないかを相談しようと思っています。塀内夏子さんは、調布南口事件についてボランティアで日弁連子どもの権利委員会発行のパンフレット『知っていますか・・調布駅南口事件』の作成に協力されました。問題意識が高い方です。
  なお、『勝利の朝』の巻末には、子どもたちのために、ある少年の描いた警察の留置場の様子、「子どもの人権救済に関する相談窓口」の電話番号及び各弁護士会の電話番号などが載っています。

 (9) 【参考文献】
・『判例時報1338号』157頁以下(東京家裁1989年9月12日決定)
・『判例時報1322号』161頁以下(東京高裁1989年7月18日決定)
・『綾瀬母子殺し冤罪事件が提起した問題点』(「東京弁護士会法律実務研究5号」)等の資料があります。

5.少年えん罪事件について
(1)一度警察に、子どもがえん罪の嫌疑をかけられると、えん罪を晴らすまで、長期間、苦しみを受け続けることになります。

(a)草加事件
2003年3月に確定。えん罪を晴らすのに約18年かかっています。多くの弁護士や研究者などの協力がありました。
【参考文献】
・清水洋・上田信太郎・山口直也『草加事件/少年事件研究会レポート11』(「法律時報63巻3号」1993年)

(b)調布南口事件(調布駅前事件)
1993年発生。2001年12月刑事補償関係も確定。日弁連子どもの権利委員会の支援事件で、大弁護団を結成。それでも解決に約8年を要しました。
【参考文献】
・村山裕・伊藤俊克・山下幸夫他編著『少年事件の法律相談』(学陽書房2003年)182頁〜189頁
・ 荒木伸怡『調布駅南口事件に関与して』(「子どもの権利通信78号」33頁以下)

(2) 山形明倫中マット死えん罪事件
少年審判、民事訴訟で7人の元生徒・親・支援者・弁護団などはえん罪を晴らす闘いを、約12年続けています。弁護団代表は、植田裕弁護士(山形県弁護士会)。弁護団は、現地組(沼澤達雄弁護士など)と首都圏組に大別できます。首都圏組は、日弁連「子どもの権利委員会」の支援のもとで結成されました。首都圏組の、若穂井透弁護士(千葉県)、城戸浩正弁護士(第二東京)、森野嘉郎弁護士(東京)なども大奮闘を続けています。
2005年9月6日、最高裁は民事訴訟を棄却する決定を出しました。弁護団は、再審の申立をする方針です。今後の私たちの支援が問われています(弁護士も研究者も!)。
【参考文献】
『少年犯罪の社会的構築−「山形マット死事件」迷宮の構図』北澤毅(立教大学文学部教授)、片桐隆嗣(東北芸術工科大学教養部助教授)共著 東洋館出版社 2002年
社会学者が約9年間のフィールドワークに基き書いた力作。少年達、付添人弁護士、当時の明倫中学校の教員や在校生、当時の捜査を担当した警察官、新庄市民、児玉有平くんの父親児玉昭平さん(児玉昭平『被害者の人権』小学館文庫 1999年)など関係者に丁寧なインタビューをしたり、情報提供を受ける等客観的な立場から書かれている。
詳しい論稿としては、若穂井透弁護士が日本社会事業大学の紀要に書かれたものがあります。

(3) 石神井連続ひったくり事件(キャッチボール事件)
被害は1981年に発生。東京家裁で「非行事実なし」不処分となった一連のひったくり事件(19件)に関連した、ひったくり事件(合計5件)が再度立件され、しかもその事件が東京地検と東京地裁を二往復する結果となり、最高裁で確定(少年側が敗北)するまでに約10年間を要した特異なケースです。少年に対する長期間身柄拘束など多くの問題点がありました。

(4) 八王子暴走族事件(東京集団暴走事件)
ある少年(身柄)は「逆送」後「嫌疑不十分」で不起訴となり釈放されました。アリバイの主張・立証をした付添人の活動が優れていました。この少年の付添人は、中野比登志弁護士(第一東京)です。少年のうちの1人は少年院送致となり「再審」申立で少年院から解放されました。ある少年(在宅)が取調べの様子をマイクロカセットレコーダーで録音(約1時間)。少年が取調べの様子をテープに録音したことは、この事件しかないと思われます。「非行事実なし」不処分の少年は5名。
【参考文献】
・テープの反訳書全文(原希世己弁護士が反訳)は、法学セミナー増刊『日本の冤罪』(日本評論社)264頁〜271頁
・『弁護始末記』12巻(共著) 194頁〜228頁 国立印刷局
・塀内夏子著・吉峯康博監修『テープは語る』(「勝利の朝」小学館 所収)

6.少年えん罪に関する基本文献
(A) 『新版付添人活動のマニュアル』(2003年 日弁連子どもの権利委員会)16頁、20頁〜25頁、59頁〜83頁(非行事実の争われた主な事例など)、134頁〜138頁(高野隆弁護士作成の準抗告申立書)など。

(B) 服部朗・佐々木光明編著『ハンドブック少年法』(2000年 明石書店)371頁〜422頁(14章「少年の冤罪事件」)。

(C) 石井小夜子『少年犯罪と向き合う』(2001年 岩波新書)23頁〜42頁、117頁〜120頁。

(D) 田宮裕(編)『少年法判例百選』1998年 有斐閣。2事件(流山事件)、39事件(綾瀬母子殺人事件・裁判官の忌避)、46事件(流山事件)、64事件(キャッチボール事件)、84事件(調布駅前事件)、90事件(柏の少女殺し事件)、92事件(草加事件)など。

(E) 下山芳晴「『非行なし』裁判例の研究」(「家庭裁判月報42巻10号」1頁〜41頁)

(F) 『全国付添人経験交流会報告集』第9回〜第14回
第15回は、第16回(岡山)までに発行予定。

7.最後に
今後は、取調べの「可視化」が必要です。2005年9月の衆院選における民主党のマニュフェストには取調べの「可視化」のための予算として6億円が計上されています。しかし、現実は厳しい。
その中で、若き弁護士たちは、2005年2月「第15回全国付添人経験交流集会」(於新潟)において、「少年否認事件における弁護活動」分科会で優れた実践の報告をしています(角田雄彦弁護士−第二東京−『子どもの権利通信』95号7頁以下)。参加者も年々増加しています。今度は、岡山で2006年2月18日(土)、19日(日)開催されます。ともに地道な実践に励み、技術をより向上させましょう!

少年問題ネットワーク
メールマガジン月刊「少年問題」通巻46号(2006年1月)所収


 
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