村田 稔 著『車イスから見た街』岩波ジュニア新書(1994年6月)

村田 稔 著『車イスから見た街』
岩波ジュニア新書(1994年6月)

                                    2011年10月7日
                                            2011年10月14日更新

 今年の夏、私は軽井沢で数日を過ごしました。
 軽井沢町立図書館へ出かけた折、この本に出会い衝撃を受けました。
 
 「こんなすごい本を書いている『車イスの弁護士』がいたんだ!」


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 身体障害者当事者として、同じ弁護士として、この本の存在を全く知らなかったことを大変恥ずかしく思いました。

 本書は、障害者権利問題を考える『基本書』です。

  村田 稔さんは,私(33期,東京弁護士会)の9年先輩の弁護士(24期,東京弁護士会)でした。約4年前に弁護士は辞めておられます。生後一年半でポリオにかかり,両足の自由を失いました。約36年間車イスで法廷活動をつづけられました。自家用車を運転できますので,裁判所へは車で行くことが多かったそうです。

 「障害をもつ人にとって,街は,社会はどうあればいいのだろうか。街を車イスで歩こうとすると,どんな困難があるのだろうか。電車やタクシー,トイレ,投票所はどうか。学校や社会はうけいれてくれるのか。」
 家族や友達に支えられながら,自ら道を切り開いてきた車イスの弁護士が,36年間の体験をとおして淡々と分かり易く語りかけています。


 以下、本文より一部引用します。


2『身障者』と『健常者』
 1961年春。私は,当時,東京・新宿にあった国立身体障害者更正指導所に入所しました。ここは,いまでいう,身体障害者のためのリハビリテーション・センターです。ここで,私は,足の手術を受けて,補装具をつけ,松葉杖にしがみついてでも,なんとか立ち上がってみようと考えました。医師がいうように,自分の足だけでは,立ち上がれないのなら,補装具と松葉杖という道具の力を借りてでも,とにかく立ち上がってみようと思い定めたのです。
 私はこれまで,動かない両足をすこしないがしろにしてきたという,うしろめたい気持ちをもっていました。動かない足を動かないままにさせたため,両足に拘縮があらわれ,足がまっすぐには伸びなくなっていました。就職もできなかったことだし,ここらで一息入れて,動かない足の手入れでもするか。こんな気分になっていました。

 それから1年10ヶ月。そのあいだに,私は4回にわたる足の手術(拘縮を除去する手術)(※注1)を受け,ようやく補装具をつけ,松葉杖をついて立ち上がりました。でも,歩くとは名ばかりで,10メートルか15メートルくらいがやっとでした。しかし,気分は最高でした。もうこれで,なんでもできるぞ! 気分だけが先走っていました。・・・・
(本書69頁〜70頁)

注1 約2年の間に4回も手術を受けられ、松葉杖でついに立ち上がって歩けるようになったとのこと、私にはそんなこととてもできないと思いました。私自身、「手術をした方が良いのではないか? しかし手術をしたら1ヶ月も入院しなければならないから、とても無理だ・・・」と思っていましたが、村田先生のご体験をお聞きし、私自身の生き方を考え直しています。

 ・・・ところで,私がもっとも抵抗を感じたのは,当時,身障者という呼び名と対比して使われていた『健常者』という呼び名についてでした。その理由は,だれがいいはじめたのかは知りませんが,この『健常者』という呼び名には優越の語感があり,そこに,差別のにおいを私が感じとったからなのです。『健常者』という呼び名は,使ってほしくないというのが,私の,そのときの正直な気持ちでした。・・・・・
(本書73頁)


 ・・・・いままでの街は,『みんな』のなかに車イスの人を入れることを忘れてきたのではないでしょうか。街のまんなかに歩道橋をつくり車イスを拒んで平然としている街の姿を見れば,そのことは一目瞭然だと思います。
 車イスの人のことを忘れた街は,みんなの街とはいえません。そのような街は,みんなの街ではなくて,一部の人の街にしかすぎません。・・・・
(本書171頁)

 ・・・・私の約50年の人生は,いつも小便をがまんしながらの人生でした。(※注2)あなたが小便をがまんしなくてもよいのは,あなたの足が動くからではありません。街のなかのいたるところに,あなたの使えるトイレがあるからです。車イスの私が小便をがまんしなければならないのは,私の足が動かないからではありません。街のなかに,車イスで使えるトイレがほとんどないからです。街のなかに,あなたも,車イスの私も,みんなが使えるトイレがあれば,私の人生は変わるのです。
 『障害者基本法』という法律があります。この法律の第3条には,こう書かれています。
 すべて障害者は,個人の尊厳が重んぜられ,その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するものとする。
 すべて障害者は,社会を構成する一員として社会,経済,文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を得られるものとする。
 このことを忘れないでほしいと思います。
 私は,これからも車イスの生活を続けます。・・・・
(本書173頁〜174頁)

注2 私自身も、車イスで入ることの出来るトイレがなく、何時間もトイレに行くのを我慢した辛い経験が何度もあります。私のブログに、約2年前に横須賀駅で体験したことを記事にしてありますので、是非お読みください。この日は、家を出てから帰ってくるまでの約8時間、一度しかトイレに行くことができなかったのです!!
http://yoshimine.dreama.jp/blog/270.html


おわりに
 この本は,私が,小さいころから両足が動かないままの人生を,どのように生きてきたのか,その時々のエピソードを書きつづったものです。
 自分のことを書くのは,なんとなくはずかしかったのですが,思いきって書いてみました。
 車イスの生活をしている私も,あなたと同じように,街のなかで,ふつうに生活をしている同じ人間なのだということを,わかってもらいたいと思ったからです。
 ところで,ひとつおことわりをしておきたいことは,この本の内容はあくまでも私の体の状況にもとづいて書いたものであるということです。障害者の日常生活や動作は,その人の障害の種別やていどによって千差万別です。たとえば,車イスの介助ひとつをとってみても,私にたいする介助のしかたがほかの人の介助にもあてはまるとはかぎりません。このように個人差のあることを,いつも忘れないでください。
(本書175頁)



 村田 稔 さんと同期で友人でおられる、鈴木堯博弁護士(24期)が、本書が出版された当時に書かれた書評(『自由と正義』1994年9月号175頁)をご紹介します。

 私と鈴木堯博弁護士は、東京弁護士会の会派の一つである期成会(約600人)に所属しており、私がこの本のことについて話をしたところ、下記のようなコメントを述べられました。



「吉峯先生から、村田稔著「車イスから見た街」(岩波ジュニア新書)が障害者問題を考える上で参考になる大変素晴らしい本だと推奨されました。
 私は、この発言を聞いて、とても嬉しく思いました。というのも、著者の村田稔弁護士(東京弁護士会・法友会)とは同期の友人で、この本の書評を私が「自由と正義」(1994年9月号)に書いていたからです。
 その書評の中で、本書は障害者権利問題の「基本書」となると思われると書きましたが、吉峯先生の読後感と同様の認識でした。
 出版されてから17年も経ってなお、本書が読み継がれていることに感動を覚えました。インターネットで確認したところ、本書は今でも容易に入手できます。障害者問題に関心のある方は、ぜひお読みください。村田さんは、5年ほど前に、筋力等の体力低下を理由に、弁護士登録を抹消しています。」

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