被災された、仙台市内の弁護士 佐藤由紀子 さんの体験

被災された、仙台市内の弁護士 佐藤由紀子 さんの体験

                                 2011年3月31日


 被災された、佐藤由紀子弁護士(仙台弁護士会)は、私も所属している、日弁連 人権擁護委員会 障害者差別禁止法特別部会の委員を務めておられます。

 今般の大震災の際には、当初連絡が全くつかず、多くの仲間の方々が心配していました。

 その後、ご本人はご無事であったとの情報が入り、まずは安堵いたしましたが、今般、3月29日付で佐藤由紀子弁護士ご本人から、上記特別部会のメーリングリストにメールが届きました。

 ご自宅マンションのライフラインが全てストップした状態で、階段を使えないお母様とご一緒に、マンション12階に『籠城』されておられていたことなど、被災後の生活などが書かれてあります。

 ご本人はお元気とのことですが、まだ消息の分からない依頼者(クライアント)もおられるなど、大変な状態であることには変わりません。

 佐藤由紀子弁護士にご承諾を得て、いただいたメールをケースの一つとしてご紹介致します。

 大津波のため、仙台空港では、約1300人の方が飛行場のビルに閉じ込められ、救出されるまでに何日間もかかりました。空港ビルの2階まで水が来て3階と屋上に1300人の方が避難していたものです。数日間経ってから皆さんは救出されましたが、大津波の威力が端的に示された例の一つです。

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大津波にのみ込まれた自動車軽飛行機
=3月11日16時1分、宮城県の仙台空港近く
(『週刊朝日』2011年3月25日号より)




仙台の佐藤由紀子です。


今頃ですが、元気です。
事務所も全員無事です。自宅も母も私も猫二匹も、無事です。

ようやく事務所で、パソコンを開いています。

事務所も自宅も、倒れていないものがない状態でした。

自宅マンションは、もちろん、ライフラインはすべてありませんでしたので、マンションの皆さんは、避難なさいました。

母は、階段を下りられませんので、二人で12階の部屋に、ずっと、籠城していました。トイレは、初めはお風呂の水を運んでいましたが、地震の揺れで浴槽の水も三分の一以下になっており、あとは、災害用トイレを使用してしのぎました。

食事は、マンション方が、おにぎりや水、お湯などを運んでくださいました。大きい家具も、私一人では動かせず、周りの方に元に戻していただきました。父が2月25日に急死し、男手がなかったので、本当に周りの方に助けていただきました。

今は、ガス復旧していないので、お風呂には入れませんが、日常生活は、何とかなっています。もう、お風呂に入らない生活にも慣れ、ガスが復旧しても、お風呂には入らないかも・・・・・・。

毎日毎日、家の片付けに追われ(まだ、片付いてはいませんが)、食べ物の買い出しに行って食事の用意をしたり。弁護士であることは遠いことのように感じていました。

事務所に来て、自分の机に向かい、メールを読んだり、依頼者と電話で話をしたりしているうちに、仕事の感覚も戻りつつあります。もっとも、裁判所も動いていませんし、依頼者も、津波の被害に遭ったり、事務所に来る足がなかったりで、相談や打ち合わせもなく、とても、静かな事務所です。

ガソリンが普通に手に入るようになると、随分楽になるのですが。今は、何時間もガソリンスタンドの並ばなければなりません。その車が車線をふさいでいるので、渋滞にも。

福島の原発の問題を除けば、生活は、元に戻りつつあります。

障がいのある方のために何か、できることがあればとは思うのですが、避難所や自宅にいる方々の所を訪ねて歩くだけの力はまだ、出てきません。ガソリンが手に入るようになれば、少しは動けると思うのですが。

とりあえず、元気でいることのご報告です。

2011年3月29日
佐藤由紀子

 
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