菅家利和(すがや としかず)さん(足利事件)の17年半ぶりの釈放を祝う!!警察官・検察官・裁判官の個人責任は?

菅家利和(すがや としかず)さん(足利事件)の
17年半ぶりの釈放を祝う!!
警察官・検察官・裁判官の個人責任は?




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支援者らに手を振りながら千葉刑務所を出る菅家利和さん
=6月4日午後 川村直子撮影(朝日新聞朝刊2009年6月5日)


 1990年に、栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された事件で無期懲役が確定し、千葉刑務所で服役していた菅家利和さん(62歳)が、6月4日午後、釈放されました。
 菅家さんが「犯人」とされた最大の根拠はDNA鑑定でしたが、菅家さんの再審請求に基づく再鑑定で、女児の肌着に残った体液の型と菅家さんの型が「一致しない」とする結果が出たことを受け、検察側が刑の執行を停止しました。

 私は、日弁連人権擁護委員会(委員長 石田法子−大阪)の『再審通信』(5月と11月 年2回発行)などで、ほんの少し知っているだけです。
 日弁連人権擁護委員会には、7つの『部会』があり『第1部会』(部長 笹森 学−札幌)が『再審』を扱っていますが、現在、8つの『再審事件委員会』(名張事件、日野町事件、布川事件、福井事件、袴田事件、足利事件、東電OL事件、マルヨ無線事件)があり、『足利事件委員会』のメンバーは、佐藤博史弁護士(第二東京)、神山啓史弁護士(第二東京)、渋川孝夫弁護士(栃木県)、澤田雄二弁護士(栃木県)です。
 なお、日弁連や単位弁護士会の委員会は、無報酬でありボランティア活動です。


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 さて、本件について様々な論点・問題点があると思いますが、簡単に2つの点に触れます。

(1)2009年6月4日『日弁連会長(宮崎 誠−大阪弁護士会)談話』で、
 イ 「本件は、冤罪者であっても容易に自白に至る現実を改めて明白にした」
 ロ 「取調べの全面的可視化の要請は一層強まった」
と述べていますが、同感です。
 『取調べの全面可視化』が実現しない限り、裁判員裁判員は安心して裁判できないでしょう。日本政府に、この点も反省するよう要請します。『足利事件』からも、政府は教訓を学ぶべきです。

(2)警察官、検察官、裁判官の個人責任の不明確さ
 警察官、検察官、裁判官の個人責任がほとんど認められない判例・運用が、悲惨なえん罪事件(少年えん罪も同じ)の原因の一つになっています。
 日本では、どんなにひどい職務行為をしても、国や地方公共団体の責任は認められることがあっても、個人の民事責任は問われないのです。例えば、英国では、個人の責任は当然認められています。日本は、この点も変革しなければなりません。



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2009年6月5日 日本経済新聞より




足利事件DNA鑑定書開示に関する会長談話

本年5月8日、東京高等裁判所は、当連合会が支援する足利事件について、弁護側推薦、検察側推薦の鑑定人のいずれも、被害者の半袖下着の精液痕に由来するDNA型と請求人の菅家利和氏のDNA型は一致しないとするDNA再鑑定書を弁護団に交付した。

DNA鑑定で不一致という結果となれば、アリバイの成立と同様、直ちに冤罪が証明される。本件における鑑定人両名の結論は、18年の間に極めて進歩した最新の技術や高い精度を持つDNA鑑定の結果に基づくものであり、菅家氏の冤罪は明白となったというべきである。したがって、当連合会は、裁判所に対し、速やかな再審開始決定を求めると同時に、検察官に対し、DNA再鑑定の結論を受け容れ、速やかに、刑事訴訟法第442条但書に基づき菅家氏の刑の執行を停止し、再審公判へ移行することを求める。

また、本件は、冤罪者であっても自白に至ってしまうという現実を改めて明白にしたものであり、取調べの全面可視化の要請は一層強まったというべきである。当連合会は、今後とも、自白の任意性、信用性の審査が正しく機能するよう、取調べの全面可視化を訴えていく。

今回の再鑑定の結果は、DNA鑑定が犯人の検挙だけではなく、冤罪者を救済する大きな武器になることも示している。当連合会は、2007年12月21日に「警察庁DNAデータベースシステムに関する意見書」を採択し、そこにおいて、冤罪を訴える者がDNAデータベースへアクセスする権利の保障を提言した。今後は、条件が整う限り、冤罪を訴える者のDNA鑑定の実施を保障する法制度の定立が急務であると考え、その実現に努力する。


2009年(平成21年)5月22日

日本弁護士連合会
会長 宮 誠

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2009年6月5日 朝日新聞朝刊より



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2009年6月5日 朝日新聞朝刊より




菅家利和氏(足利事件)の釈放にあたって(日弁連会長談話)

本日、足利事件再審請求人の菅家利和氏は釈放され自由の身となった。

東京高等検察庁は、本件DNA再鑑定の鑑定結果が「無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当する蓋然性が高いので、本件再審の開始については、裁判所において、しかるべく決定されたい」とする意見書を東京高等裁判所に提出し、宇都宮地方検察庁検察官が、無期懲役刑で千葉刑務所に服役中であった菅家氏の刑の執行を停止した。

当連合会は、かねてから菅家氏の無実を信じ、再審開始に向けた支援の活動を行ってきたものであり、本年5月22日の会長談話において、検察官に対し、DNA再鑑定の結論を受け容れ、菅家氏の刑の執行を停止することを求めていたところである。

検察官が再審開始を容認し、菅家氏の身柄を解放したことについては高く評価する。

当連合会は、東京高等裁判所が速やかに再審開始決定を行い、菅家氏が完全無罪判決を勝ち取るまで、引き続きあらゆる支援を惜しまないことをここに表明する。

なお、本件は、冤罪者であっても容易に自白に至る現実を改めて明白にしたものであり、取調べの全面可視化の要請は一層強まったというべきである。


2009年(平成21年)6月4日

日本弁護士連合会
会長 宮 誠


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朝日新聞 2009年6月5日夕刊
左は佐藤博史弁護士(第二東京)


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12年ぶりに、免田さん(83歳)に再会した菅家さん!!
裁判所に『証拠が間違っていることを分かってくれるのでは、と思ったが全然だめでした。
残念だし、当時の裁判官に怒っている。』と、6月5日、菅家さんは語る。
朝日新聞2009年6月6日朝刊




検察DNAに完敗 旧鑑定「二重のミス」 足利事件釈放
2009/06/05  朝日新聞 朝刊  2面

 「科学的捜査」の代名詞だったはずのDNA型鑑定。足利事件で菅家利和さんを「有罪」とする根拠とされた旧鑑定は、約20年を経て、誤りだったことがほぼ確実となった。検察側は捜査員の汗などのDNA型を誤って検出した可能性も探ったが、ついに折れて釈放を決めた。他の事件への影響も、ささやかれ始めた。
 弁護側が推薦した鑑定人の本田克也・筑波大教授(法医学)が今春の再鑑定で最初に手がけたのは、91年に行われた旧鑑定と同じ「MCT118」という方法を、もう一度試みることだった。
 本田教授は当初、女児の肌着に残る体液のDNA型と菅家さんのDNA型は一致するだろうと思っていた。「これまでの裁判で、そう認められているのですから」
 菅家さんの型は「18―29」というタイプ。しかし何度実験しても、肌着の体液からは、そのDNA型が検出されない。むしろ「18―24」という別の型がはっきりと出た。
 自分が間違えているのではないか。鑑定書を裁判所に提出する前日まで実験を繰り返した。「国が一度出した結論を、簡単に『間違っている』と否定できるわけがありません。でも何百回試しても、一致しませんでした」
 旧鑑定では、肌着の体液と菅家さんのDNA型はともに「16―26」で一致すると結論づけていた。
 有罪の決め手となったこの旧鑑定について、本田教授は「二重の誤り」を指摘する。
 一つは、菅家さんのDNAの型番がそもそも違うこと。もう一つは、肌着の体液と菅家さんのDNA型を同じだとしたことだ。「前者は、技術に限界がある頃の話で、責めるつもりはない。でも後者は、勇み足だったのでは」
 というのも、旧鑑定書にはDNA型を示す帯グラフのような写真が添付されており、これが判断の根拠とされていたが、写真を見た本田教授は「これでよく同じ型と言えたな」と感じたからだ。
 旧鑑定からの約20年間で、DNA型鑑定は精度が高まる一方、適用件数も増えてすそ野が広がった。
 「DNA型鑑定は革新的な手法で、多くのケースで正しい結論を導くことは間違いない。しかし、残された試料の量が少なかったり、質が悪かったりするケースでは、今でも判定が難しいことに変わりはない。鑑定人の技能などで結論は左右される」と本田教授は話す。
 ●同時期の事件に波及か
 「足利」が覆った今、「西飯塚はどうなるのか――。弁護士らがささやく事件がある。
 92年に福岡県飯塚市の女児2人が殺された事件だ。市内に住む久間三千年(くまみちとし)元死刑囚(08年に刑執行)が94年に逮捕された決め手の一つは、やはり導入間もないDNA型鑑定だった。
 県警は逮捕前、任意で採った元死刑囚の髪の毛と、女児の体に付いていた真犯人のものとみられる血液を警察庁科学警察研究所(科警研)に持ち込んだ。科警研が使った複数の鑑定法のうち、足利事件と同じ「MCT118」で一致したとされる。元死刑囚は一貫して否認したが、最高裁は06年に鑑定の証拠能力を認め、他の状況証拠とあわせ死刑判決を導き出した。
 だがこの事件では、検察側が逮捕前、帝京大の石山イク夫(いくお)教授(法医学)=当時=にも別のDNA型鑑定を依頼。こちらは試料から久間元死刑囚と一致するDNA型は検出されなかった。
 この結果も一審の公判途中から証拠採用されはした。弁護側が「科警研の鑑定と矛盾している」と主張したが、判決は「科警研の鑑定で試料を使い切っていた可能性もある」と退けた。
 「同じ方法の足利が誤っていたと証明できれば、飯塚でも十分な証拠になりうる」。3月末に再結成した弁護団はこれを新証拠とし、名誉回復の意味合いが強い死後再審の準備を始めた。
 二つの事件と同じ鑑定方法は03年まで主流だった。特に90年代初めの導入初期のころは技術的に不安定だったとみられ、この時期を中心に足利事件と同じようなケースが今後も出てくる可能性がある。
 すべての死刑囚懲役囚DNA型鑑定受ける権利認めたアメリカ。精度の高い方法での再鑑定で、08年までに計237人再審無罪判決を受けている。鑑定で無罪を勝ち取った元死刑囚や市民団体の求めで04年10月に成立した「イノセンス・プロテクション・アクト無実を守る法律」に基づくものだ。鑑定で犯行が裏付けられた場合は偽証罪に問われるものの、申し立ては相次いでいるという。
 海外の刑事司法に詳しい伊藤和子弁護士は「刑罰を決めるだけでなく誤った判決を防ぐのも国の責務」と、同様の制度の必要性を訴える。
 ◇検察側、世間意識し釈放を決断
 検察側はぎりぎりまで釈放をためらっていた。東京高裁が再審請求の即時抗告審で、DNA型の再鑑定を行う見通しとなったのが08年10月。弁護団は勢いづいたが、法務・検察はまだ余裕を見せていた。ある幹部は「新たに鑑定しても負けない根拠はある」と語った。
 しかし、再鑑定の結果は、弁護側、検察側がそれぞれ推薦した鑑定人が、いずれも「DNA型が一致しない」。検察側の自信は、もろくも崩れた。
 検察幹部は「釈放しなければならないかもしれない……。ただ、被害者がいるから簡単には引き下がれない」と漏らした後「やれることをやって犯人ではないということになれば、釈放する方が潔い」。
 「やれること」とは、栃木県警の当時の捜査員ら数十人のDNA型との照合作業。鑑定には女児の衣服に残った体液が試料として使われたが、旧鑑定で中心部分が使われたため、再鑑定では周辺部分が使われた。そのため他人が触って、犯人とは別人の汗などのDNAが混ざった可能性があった。だが検察関係者によると、先月下旬、捜査員らのDNA型とは一切一致しないとの結果が突きつけられた。
 再鑑定に対する東京高裁への意見書の提出期限は今月12日。検察当局は4日午前、最終的な会議を開催。反論できる余地がなくなったため、期限まで1週間以上を残して、事実上無罪であることを認める意見書を提出するとともに、刑の執行を停止する手続きも取って「白旗」を掲げることを決定した。
 「世間の目だよ」。検察関係者はそれを意識して「釈放は早い方が良く、12日まで待つべきではないと判断した」と明かす。スタートした裁判員制度を念頭に、検察が公正な組織だとアピールしたいとの思惑があったとの見方も、内部にあるという。
 ◆キーワード
 <MCT118> DNA型鑑定の方法の一つ。89年に国内で初めてDNA型鑑定を導入した警察庁科学警察研究所が当初、採用していた。髪の毛根や皮膚など人間の細胞の中に必ず含まれるDNAの一部に着目。塩基という成分の並び方の繰り返しパターンを調べて、435通りの型のどれにあてはまるかなどを識別する。現在主流の方法に比べ、多くの試料が必要で、精度の低さが問題視されていた。



17年半支柱 ◆佐藤博史弁護士1000万円自腹で ◆運転手仲間は毎月面会
2009年6月6日 東京新聞 朝刊

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弁護団会議に出席し、笑顔を見せる菅家利和さん(右)と佐藤博史弁護士
6月5日夕、東京・霞ヶ関の弁護士会館で



 逮捕から釈放まで十七年半余の間、物心両面で菅家さんを支えてきたのは、弁護団のほか、日弁連や、かつて幼稚園の運転手同士として道ですれ違っていた女性だった。

 日弁連に、足利事件の支援の依頼が来たのは、最高裁で無期懲役が確定した三日後の二〇〇〇年七月二十九日。事件経過を調べた日弁連が、人権侵害の恐れがあると認めると、弁護士の旅費や鑑定費用、弁護士派遣などを負担する。現在「名張毒ぶどう酒事件」や「布川事件」など計八件の再審事件が対象になっている。

 足利事件は〇二年に認められて年間百万円超程度を支出、弁護士も数人を派遣した。

 ただ、これだけの大がかりな事件になると百万円は、旅費などの経費ですぐに消える。弁護団は手弁当で菅家さんを支えてきた。

 佐藤博史弁護士は、これまで個人で一千万円を超える持ち出しになった。無罪を勝ち取り、「国から取り戻そうと思って七百万円までは計算したが、もうつけてません。裁判資料などのコピー代がバカにならないんです」。

 地元で支援してきた西巻糸子さん(59)は事件当時、菅家さんと同じ、幼稚園バスの運転手だった。勤務する幼稚園は違うから、事件までは仕事中に道路ですれ違う程度の仲。それでも、公判で菅家さんが否認に転じたと報道で知ると気にかかり、「本当のことを言うべきです。やったのなら、反省してください」と手紙を書いた。

 届いた返事には「会いに来てください」とあった。それならばと拘置所に足を運ぶと、真剣でぶれない話しぶりに無実を確信した。事件が大きく報道されなくなっても、毎月の面会を欠かさなかった。

 釈放の日に着ていたグレーのジャケットとシャツは、西巻さんの差し入れだ。

 高裁が再審開始を決め、再審で無罪が確定すると、刑事補償法により、逮捕後の拘置、服役期間に応じ、一日千円から一万二千五百円までが支払われる。不当な取り調べを受けたと国に賠償を求めることもできる。




 
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