少年少女の犯罪は、いかに裁かれているのか?『君たちのために』(22)(23)

少年少女の犯罪は、いかに裁かれているのか?
『君たちのために』(22)(23)


 井垣康弘弁護士(元裁判官)の連載「君たちのために」(22)(23)です。

 なお、カットのフェルメールは、大好きな画家の一人です。
 絵は、少年少女、市民の心の安らぎだと思います。ブログに掲載する絵画を捜し選ぶのにも結構時間がかかります。

 さて、(22)『君たちのために』を読んで、私の娘(現在弁護士)が小学校6年生だった時のことを思い出しました。算数はいつも『5』なのに、私が算数のあるテストを一緒にすると、スピードが私の倍以上かかりました。私はびっくりして、ある本を使い、娘と一緒にあるドリルをやりました。約1カ月で、娘は私と同じスピードで足し算、引き算、掛け算、割り算ができるようになりました。


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フェルメール『ギターを弾く女』1672年頃
ロンドン ケンウッド・ハウス
(カットは本文とは関係ありません)
(2008年9月12日)





(22)『君たちのために』 最も心配な「親の無関心」

 国語と算数に限って物をいうのだが、公立小学校では、児童の30%は授業に付いていけていないようだ。しかし、親が自らの指導や塾の利用でかなりカバーするので、結局、中学2、3年生の段階で、九九が全部言えなかったり、漢字の読み書きがほとんどできない生徒は10%くらいにとどまるようである。(そして、そのような子どもたちのうち10〜20%くらいが非行に及ぶことは、既に述べているとおりである)
 読者から、ご意見をいただいたが、小学校4年生の女児の母親は、「まだ九九さえも覚え切っていないので心配している。この夏休みに、1年生の簡単な計算問題にまで戻って復習させ、算数が分かるという自信をつけさせたい」とのことだった。
 別の読者で、小学校3年生の男児の母親は、塾には通わせず、親自身がケアーしているが、時間的にも精神的にも限界を感じるほど「ハード」で、「義務教育って何?」といいたくなるとのことである。
 このように、小学校3年生段階から「落ちこぼれ」かけている子どもたちに対し、親以外の「社会」は何か対応しているのだろうか。私は、3カ所参観してきた。
 私の地元豊中市の児童館では、毎週火曜日の午後、小学生の場合3年生以上を対象に、国語と算数の「学習クラブ」を運営している。指導は元教員である。参観したのは1年近く前だが、23人の児童が来ていた。
 門真市では、元教員を中心に、NPO法人(教育支援・門真っこ」ができていて、小学校3年生と4年生を対象に、毎週土曜日に、国語と算数を教えている。定員(各30人)を超える希望者があって、抽選しているそうである。
 柏原市では、教職員組合の先生たちが、夏休みに3日間、小学校3年生から6年生で、「算数が分かるようになりたい」という子どもたちを対象に、毎年「サマースクール」を開催している。今年は102人の参加があった。
 これらの参観の結果に基づく感想を述べたい。
 まず、ボランティアとして献身していただいている現・元教員には、心から感謝の念を抱いた。お世話になっている子どもたちから非行少年は出ないだろうと思った(非行を繰り返す子どもたちは、周囲に本人が信頼できる大人が1人もいないものなのである)。
 また、参加者は親が子どもの教育に関心がある家庭の子どもたちである。親の負担の一部を地域の大人が肩代わりすることの社会的意義は大きいが、対象者の数も、指導の時間も、まだまだ少なすぎる。
 要するに、親がこどもの教育に無関心な家庭の子どもたちは来ていない。それら「将来が最も心配な家庭の子どもたち」は、「甘やかし」か「放任」か「虐待」か、パターンは家庭によりさまざまだが、家庭・地域で、実質的な教育を受けることなく放置されたまま大きくなり、「非行」という形で積年の恨みを現すようだ。(弁護士、元家裁判事)
(産経新聞大阪本社版夕刊 2007年8月29日付)




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フェルメール『ヴァージナルの前に座る婦人』1674年頃
 ロンドン ナショナル・ギャラリー
(カットは本文とは関係ありません)




(23)『君たちのために』 中学校の対応次第で・・・

 子どもの教育に無関心な親たちが約10%いるようで、その子どもたちに対する「手当て」の方法で悩んでいる。
 後に「ウルセイ、ババー」としか言わず、憎たらしくなる子どもたちも、小学生の間はまことに「かわいい」。
 「学校の授業が皆目分からず苦痛」な分だけ、放課後は楽しいのだろう。授業が終わったら飛んで帰る。そして、喜々として「盛りだくさん」な時間を過ごす。
 内容は自分の遊びが中心だが、親に頼まれた「仕事」も進んでやる。犬の散歩や熱帯魚の世話、部屋の掃除や寝たきりの祖父母のケアーと、何でも実によくこまめに頑張る。「よい子や」と褒められて、本人も大満足だ。
 勉強は、「中学生になってからすればよい」と親子とも思っている。そう言われると、小学校の先生も、あえて「抵抗」できないのだろう。
 初等少年院での中学卒業式で、「これから頑張ると、お母ちゃんと手をつないで、ルンルン気分で桜の木の下を潜った」と卒業生代表が言う。でも実際には、そうはいかない。中学校での勉強に全く付いていけない。そして劣等感にまみれて、非行に走る。
 中学3年生を、2学期のはじめの今ごろ初等少年院に送ることがままあった。審判廷で私の前に座る少年は、1年も前から親にも教師にも「突っ張り」続けていた。母親に言う言葉は「ダマレ」だけ。遊びまくり、お金に不自由するから万引は当然、ひったくりや「親父狩り」などの悪いこともし放題で、はしにも棒にもかからない状態になって、私の前に座る。
 それでも、「今から勉強して高校に行きたい」と言い、審判廷で、横に座っている中学教師に「教えてください」と泣きついた。
 中学校の対応は3つ。1つは、「家裁が試験観察の態勢を組むなら、君にだけ特別に教えてやる」というもの。これを実践してその子が高校に進み、地域に住んで、中学校とも友好的な関係を結ぶと、その地域は安定する。地域の「不良少年」たちは、教師(というか大人)を尊敬するのである。「特別扱いは不公平だ」との抗議はない。
 2つ目は、「少年院で教育を受けさせてほしいが、毎月担任教師が面会に行くのはもちろん、できる限りの応援をする」というもの。校長も「当然公務出張にするし、自分も1、2度は行く」、生徒指導の先生も「この子が『要』なので、自分も担任と一緒に面会に行く」と言う。これも、大体成功する。少年院帰りの地域の悪ガキの「元ボス」が、中学の先生たちと仲が良いのだ。
 3つ目は、「少年の希望には応じられない」というもの。「非行少年への対応は家庭裁判所や少年院がすべきもの」という建前論で、スッキリしているが、その地域の「予備軍」は、何の感銘も受けない。毎年、続々と事件を起こして、私の前に座ることになる。(弁護士、元家裁判事)
(産経新聞大阪本社版夕刊 2007年9月5日付)


 
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